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第71回碁界の礎百人―波瀾の名人戦、趙治勲が制す【大竹英雄⑤趙治勲②】

第5期名人戦七番勝負第5局の検討風景。左が大竹、右が趙

 名人戦連覇、旧名人戦時代から数えると通算4期の名人。大竹英雄は着々と大名人への道を歩んでいるかと思えたが、昭和55年第5期は大変な難敵が現れた。24歳の趙治勲である。
 趙がタイトル戦に登場するのは18歳のときの最後の日本棋院選手権戦が最初。これは坂田栄男選手権者に2連勝後の3連敗で敗れ、タイトル獲得はならなかった。しかしその翌年、やはり最後のプロ十傑戦決勝で加藤正夫を3連勝で降して優勝。朝日新聞が十傑戦から名人戦に移行するときの臨時棋戦の八強争覇戦三番勝負も藤沢秀行を2勝1敗で降して優勝。20歳になると、王座戦挑戦手合三番勝負で大竹王座を2勝1敗で破ってタイトル獲得。23歳のときは碁聖戦挑戦手合五番勝負でやはり大竹をストレートで破ってタイトルを獲得している。つまり実績でもトップに遜色がないのだ。

第5期名人戦は趙が4勝1敗1無勝負で制した

 そして名人戦七番勝負。趙の2勝1敗で迎えた第4局で不測の事態が起きた。終盤のコウ争いで、趙が記録係に「コウを取る番?」と聞いた。記録係は反射的に「はい」と答える。趙はコウを取る。実際はコウの取り番ではなく、コウダテをしなければならなかった。さあ、どうするか。ルール上は趙の反則負けだろう。しかしコウの取り番かどうかを記録係に聞くのは慣習として認められていた。朝日新聞社側と石田芳夫立会人が協議した結果は「無勝負」の裁定。これに対してファンから日本棋院や朝日新聞社にいろいろな意見が寄せられたのはいうまでもない。なお後日、「記録係は対局者の着手について責めを負わない」との対局規定が追加され、現在に至っている。

〈第5期名人戦七番勝負・第5局〉
黒 大竹英雄名人 白 趙治勲八段 (コミ5目半)
昭和55年10月22、23日、伊豆市「ラフォーレ修善寺」
192手完、白中押し勝ち
※棋譜再生はこちら

第1譜(1ー50)

 〈第1譜〉ここでは無勝負のあとの第5局を取り上げる。大竹の黒番。白の両三々に対し、黒の両ジマリという珍しい序盤。黒13の打ち込みに白14の二間を趙は悔やんだ。

参考図1(打ち込みが急所)

 参考図1の白1の大ゲイマでなくてはいけないという。黒2から白3、黒4とトビ合うくらいのもの。そこで白5の打ち込みが急所。これこそ白△が活きてくる。大竹も「打ち込まれて困ると思った」と語る。
 黒15、17の常用の利かしから19とノゾき、黒21のトビが絶好。早くも黒リードの序盤である。なお、白18は白37とサガるほうがいくらかまさった。実戦は黒23とコスむ筋で簡単に治まり形である。
 白40とボウシして、戦いは左上に。黒41から白50まで、必然の運びだ。


第2譜(51ー100)

 〈第2譜〉黒51から57と治まった。ただし57では、参考図2の黒1から5と連絡するのも有力だった。白は6のツケ以下12とケイマするくらいだから、黒13が絶好のトビでaのハネ出しが狙える。これで黒の十分すぎる形勢だろう。

参考図2(局勢単調)

 白58から趙苦心のサバキである。左側に味を残し、白66、68と右側で手段を求め、うまくいくかどうか。黒69の切りが注文にはまったようだ。

参考図3(大差の形勢)

 参考図3の黒1と取り切って白の策動を封じるのが何よりも分かりやすかった。白は4から12とポン抜き、黒は13と制するくらいのもの。白14以下黒19までを想定して、黒が断然分かりやすい局勢だろう。
 白70以下は趙の苦心の打ち回しである。そして白80が、おそらく大竹も見ていなかったであろう好手だった。黒81から95まで一本道だが、白は左上で儲けたうえに中央が猛烈に厚くなった。たちまち形勢逆転である。


第3譜(1-50 通算101―150)

 〈第3譜〉黒1とワタって辛抱し、中央の白の薄みを狙うより挽回の余地はない。
 黒15の割り込みが大竹の勝負手であり、鬼手だった。白16からアテ、黒17ノビと19切りを許すのは当然。16で白17からアテ、黒16、白24とツグのは、黒A、白B、黒Cで白のつぶれである。

参考図4(振り替わりは白良し)

 対する趙の白22が勝利を決めた好手だった。黒23が余儀なく、この交換が絶妙に働く。白24から30までは一本道。黒31で参考図4の黒1とオサえると、白は2から8と五子を制す。黒9と隅を取られる振りかわりは、白10の囲いに回って、はっきり白よしである。
 黒31以下、攻め合いの形だが、逆転の余地はなくなっていた。


第4譜(51―92 通算151―192)

黒71(68の左)白86(68)黒89、白92各同

 〈第4譜〉黒51からの結末を趙は読み切っていた。白72に対し参考図5の黒1とツゲば白2から6までとなり、次に黒が中手をして、白aと取っての本コウである。コウに見合う黒のコウダテはどこにもない。

参考図5(コウは白勝ち)

 黒73以下も似た進行となり、黒は左下のコウに勝てず、碁も勝てない。
 こうして趙の3勝1敗1無勝負となり、第6局も制して、名人に登りつめた。
(記・秋山賢司)


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