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第19回碁界の礎百人―第1期本因坊に関山利一【関山利一 加藤信②】

 第1期本因坊戦(正式名称は本因坊名跡争奪全日本専門棋士選手権大手合)の予選が始まったのは昭和14年(1939)6月。まず甲組四段、五段、六段による予選が行われ、呉清源、久保松勝喜代、関山利一、前田陳爾が勝ち進み、七段陣の鈴木為次郎、瀬越憲作、加藤信、木谷實を合わせた8名による四次にわたるトーナメントで、上位2名が本因坊決定六番勝負に進むというシステムだった。呉はそのトーナメントで2回一位になったものの、得点は関山、加藤より下の三位で涙を飲んだ。規定とはいえ、呉は不運だった。
 関山―加藤の六番勝負はコミなし。トーナメントが4目半のコミで、決勝戦の六番勝負がコミなしになったのは、主催紙(東京日日、大阪毎日)と「コミ碁は碁にあらず」と主張した加藤との妥協によるといわれる。その六番勝負は判で押したように第1局から先番勝ち。そして関山2勝3敗で第6局を迎えた。持時間は各13時間。

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