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第50回碁界の礎百人―坂田の牙城に迫る大平【坂田栄男⑫大平修三①】

 23歳の名人誕生に最も刺激を受けたのが昭和ひとけた世代の大平修三(1930 ―1998)ではなかったか。この世代に人材が乏しいのは、少年時代に戦争の影響を受けたからだろう。大平は11歳で木谷實の内弟子となったものの、14歳から15歳にかけて木谷家のあった神奈川県平塚は毎日のように空襲警報が鳴り、そのたびに防空壕に入る始末。このままでは危ないというので郷里の岐阜に帰されたが、岐阜も焼野原。大平少年は栄養失調が原因の皮膚病に悩まされた。それでも17歳で入段すると、昭和38年に昭和生まれで初の日本棋院九段に。
 タイトル戦に登場したのは昭和39年と40年の日本棋院第一位決定戦。どちらも坂田栄男の牙城を崩すには至らなかったけれど、40年から41年にかけての日本棋院選手権戦では見事に坂田を圧倒して、初のタイトルに輝いた。その第2局を見ていただこう。

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