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上野、女流棋士初の新人王に――第48期新人王戦決勝三番勝負第2局【棋譜解説】

 姚智騰六段上野愛咲美女流名人による第48期新人王戦(主催・しんぶん赤旗)決勝三番勝負第2局が9月22日、日本棋院東京本院で行われた。上野が第1局に続いて、隙をまったく見せぬ完勝劇を演じ、シリーズ2連勝。女流棋士初の新人王を獲得した。

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上野愛咲美女流名人

 豪快な「ハンマー」を振るわずとも手厚い攻めと冷静な判断で2連勝。「前回の決勝(一昨年の第46期新人王戦決勝三番勝負で外柳是聞五段に敗れている)では悔しい思いをしていたので、今回リベンジできてよかったです」。

姚智騰六段

 「2局とも持っている力は出し切れたと思う。結果は残念だけれども、これをよい経験としてもっと強くなりたい」。


〈第48期新人王戦決勝三番勝負・第2局〉
黒 姚智騰六段 白 上野愛咲美女流名人
(持ち時間:各3時間、残り5分より秒読み)

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〈第1譜〉1―17

 定刻10時、立会の加藤充志九段の合図に従い対局開始。手番は第1局と入れ替わって姚の先番である。黒5三々、さらに黒13のカカリ一本から黒15、17のシマリと足早に実利を取る作戦に出た。このあたりは実利で踏ん張る姚らしい。上野も白16と手厚くカケて互いの棋風通りの立ち上がり。


〈第2譜〉18―26

 左上白を背景に白18肩ツキは好点だ。黒19ハサミはワリ打ちの気分。白20に黒21と押し上げて、あわよくばこの白を攻める意図。続いて平凡に白Aノビでは黒Bトビで「白が重い印象」と加藤九段。そこで白22コスミが「現代碁の常識」。黒19にプレッシャーをかけつつ、白24ハネの好形をめざしている。


〈第3譜〉27―40

 黒27を見て、加藤九段をはじめとする検討陣から「おっ、これは意外」と声が上がった。黒Aと右上を受ければ普通。上辺黒を気にするなら黒Bだろう、と予想されていたからだ。「黒27とは頑張りましたね。上辺がまだ不安定なのに黒27、29以下左辺で動いたのですからね」と加藤九段。この頑張り、完敗に終わった第1局の反省からきたようだ。第1局の感想戦で、姚は「もっと踏ん張れる場面があった」と口にしていたからだ。
 「なるほど、それを踏まえると、この黒27には『尋常な頑張りでは上野さんを打ち負かせない』、姚さんのそんな気持ちがこもっているように見えますね」と加藤九段。悲壮な決意の表れではあるけれど、じつのところ白36まで平易に受けて上野に不満はなかった。むしろ左辺一帯に強大な厚みが形成されて、「たのしい碁になりそう!」と思っていたそうだ。
 この黒27以下の一連に、本局の特徴が良く表れていたように思う。姚が尋常の枠を超えた頑張りを見せ、上野がそれに対して冷静かつ的確に応じる。この構図が何度か繰り返されるのだ。


昼休憩までの棋譜と時間付け(左)。消費時間は黒(姚) 1時間36分、白(上野)9分
午前中までの局面。36手目で昼休憩となった
尋常の枠を超えた頑張りを見せる姚。対局再開と同時に37手目を打つ
左辺一帯に強大な厚みが形成されて、「たのしい碁になりそう!」と思っていたと上野

〈第4譜〉41―56

 黒41がまた頑張った手。黒53やAと進出すれば平凡だけれども、それより少しでも右上の白に迫りたい、という気持ちの表れだ。ただ白42マゲが好点。黒45と迫られても白46と落ち着いて受け、のちの白54三々がイヤ味。隅の動き出しを含んで白BやCが利き筋となる。そのため白56が厳しい。


〈第5譜〉57―71

 姚は黒57、59と上下の白を分断して攻める体勢を築く。対して白60はちょっとした様子見。黒61オサエなら白62ツケが進出の手筋となる。黒61でA引きならば白61、黒B、白Cノゾキで眼形を奪う予定だろう。前譜の白54といいこの白60といい、本局の上野は「ハンマー」よりも小太刀が冴えている。
 ただ、上野がテクニカルな打ち回しを見せているうちに、姚が攻勢をとり始めている。黒63から65と右辺白へモタれたのが好手。右辺から中央一帯の大きな戦いに巻き込んで、じわじわと形勢を盛り返しつつあった。

1図

1図 万全の攻撃態勢
 白△に対し黒1と受けるのでは白2、4と進出されて、右辺と上辺黒がカラミ攻めに合いそう。白6の戻りが手厚く、右上白をがっちり治まって攻撃態勢はまさに万全。次に黒がどんな手を打ってこようが、右辺と上辺黒を割いて攻める予定。たとえば黒7なら白8から分断し、おおいに白がやれそうな戦いだ。

日本棋院囲碁チャンネル解説の白石勇一七段(左)とネット対局「幽玄の間」解説の外柳是聞五段 

〈第6譜〉72―82

 白72から74とひとまず形を整え、上野はじっくり黒の薄みをにらむ(白からはたとえばAツケの強襲が狙い)。対して黒75出が格好の反撃となった。白76から78とシボって連絡形ではあるものの、黒79抜きを打ててこの一団が強化できたのがうれしいところ。姚も局後にこのあたりでは「形勢に手ごたえを感じていた」と話していた。黒が優勢とまでは言えずとも、最初の苦しそうな立ち上がりから形勢互角に押し戻している。
 「白82に続いて黒B、白Cなら長期戦になりそうですが…」と加藤九段。


〈第7譜〉83―91

 ここで黒83が控室を驚かせた。白84から86と出られて、かえって黒の収拾が難しい。続く黒87から89の押しには検討陣も思わず目を白黒。白90と突き出させて、みずから割かれ形を作っているのだから、人間の目から見てもひどい悪形だしAIの評価値も白に大きく振れはじめた。
 「黒83ではAだろう、と予想していましたが、姚さんとしては白Bブツカリを気にしたのかもしれませんね」と加藤九段。「続いて黒はCと引くくらいですが、白D切りやEサシ込みの狙いが残って、まだ連絡が薄い。それならいっそのこと黒83から89まで押して中央を頑張り、上辺は別にシノいでしまおうと考えたのでしょうが…。いやあ、それにしてもこの異常な頑張りようはかなり危うい。無事に済むとは思えません」。

2図

2図 これからの碁
 黒83の場面では、どうせ頑張るのなら黒1と隅を守る方が優ったようだ。上辺黒が急に攻められることもなさそうだ。白2以下の分断の狙いが残っているものの、それには黒11まで白6子とフリカワる予定。形勢は依然として互角、まだまだ先の長い碁だった。


〈第8譜〉92―106

 白92から食らいつかれて上辺黒の生死がはっきりとしない。上野の「ハンマーパンチ」が決まりそうだと控室は大盛り上がり。加藤九段は「いやいや、このあたりは普通のパンチでしょう。もっと豪快に決めるのが上野さんのハンマーパンチですからね。ただ、その普通のパンチでも黒はけっこう困るのですけれど」。

3図 小さく生かして優勢
 本譜の白106では白1マゲも有力。取りに行かないのであればこの進行が最善。黒10まで小さく生かし、白11と右辺で治まって白がはっきり優勢だった。


〈第9譜〉7―23 通算107―123

 黒9から11がしぶとい反撃で、取り掛けに行くには周囲の白もいくらか薄い。白12、14は大石捕獲を断念して生かす方針に切り替えたものだ。白14が逃がせぬ局面の急所。中央黒3子のダメが詰まって白△1子を動き出す狙いが残った。上野は「最初は(取りに)行けるかと見ていたのですけれど…取りに行かなくても形勢は良さそうなので、『まあ、いいか』と思っていました」という。

4図

4図 取り掛けは無理
 白1と追及すれば部分的には死に形ではある。だが、黒2から6と出られては白が持てあまし気味。白15まで止めても黒16ワリ込みが生じている。黒22まで、左辺白と中央黒の攻め合いは黒勝ち。取りかけは無理に終わる。


〈第10譜〉24―57 通算124―157

 白24ハネが厳しい狙い筋だ。白28まで堂々と動き出し、この白が取られることはない。第7譜でひどいサカレ形を作ってまで中央を頑張ったはずなのに、こんな結果ではあまりにも頑張り甲斐がなかったというものだ。黒41まで右下中央の白一団と右辺黒のフリカワリへと進んだが、この損得はいい勝負、つまり白の優勢は微動だにしていない。白42ツケから隅は手になるところ。


〈第11譜〉58―86 通算158―186

 前譜白56まで手をつけてから、隅の生きはいったん保留。白58から中央の形を決めに行く。白70切りから74まで中央を助け出すことに成功。その代わりに黒75と隅を取り切られてしまったが、このフリカワリはいい勝負で、白のリードはまったく動かない。先手を取った白の78が大きなヨセで、白86までシッポの黒7子を取り込んでは白の勝勢だ。


〈第12譜〉87―108 通算187―208

白106コウ取る(103の左)

〈第13譜〉9―38 通算209―238

白12(9の左)、黒15(9)、白18、黒21、白24、黒27各同

 姚は左下のコウを懸命に頑張ったものの、コウ材は黒が足りない。白30に姚はコウを解消。それなら白32から右下が手になって、姚は投了した。
 238手完、白中押し勝ち
(記・関根新吾)

女性初の新人王誕生! 対局室は報道陣で立錐の余地もないほど
局後の検討(1)
局後の検討(2)
局後の検討(3)
対局終了後には記者会見が行われた。花束を手に記念撮影

【決勝三番勝負 成績】
第1局:9月13日 △上野 中押し  姚
第2局:9月22日  上野 中押し △姚
※左側が勝者、△は先番

【関連情報】
主催:しんぶん赤旗、日本棋院、関西棋院
立会:加藤充志九段
記録:池本遼太三段近藤登志希二段
優勝賞金:200万円
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ネット対局「幽玄の間」解説:外柳是聞五段
日本棋院囲碁チャンネル解説:白石勇一七段 


【歴代】新人王戦決勝三番勝負

①昭51 小林光一 2―0 中村秀仁
② 52 小林光一 2―0 趙 治勲
③ 53 石田 章 2―1 倉橋正蔵
④ 54 石田 章 2―1 山城 宏
⑤ 55 宮沢吾朗 2―0 清成哲也
⑥ 56 王 立誠 2―0 長谷川直
⑦ 57 片岡 聡 2―0 依田紀基
⑧ 58 依田紀基 2―0 宮沢吾朗
⑨ 59 今村俊也 2―1 橋本雄二郎
⑩ 60 宮沢吾朗 2―0 今村俊也
⑪ 61 依田紀基 2―1 王 立誠
⑫ 62 依田紀基 2―1 王 銘エン
⑬ 63 小松英樹 2―0 鳴沢泰一
⑭平元 依田紀基 2―0 泉谷英雄
⑮ 2 依田紀基 2―1 結城 聡
⑯ 3 趙 善津 2―1 柳 時熏
⑰ 4 小松英樹 2―0 M・レドモンド
⑱ 5 結城 聡 2―0 三村智保
⑲ 6 三村智保 2―1 楊 嘉源
⑳ 7 三村智保 2―0 趙 善津
21 8 高尾紳路 2―0 仲邑信也
22 9 山田規三生2―0 青木喜久代
23 10 山下敬吾 2―1 高尾紳路
24 11 山下敬吾 2―0 羽根直樹
25 12 山下敬吾 2―0 羽根直樹
26 13 山下敬吾 2―0 久保秀夫
27 14 張  栩 2―0 高尾紳路
28 15 蘇 耀国 2―0 藤井秀哉
29 16 溝上知親 2―1 坂井秀至
30 17 金 秀俊 2―0 井山裕太
31 18 松本武久 2―1 黄 翊祖
32 19 井山裕太 2―0 望月研一
33 20 内田修平 2―0 河 英一
34 21 李 沂修 2―0 三谷哲也
35 22 白石勇一 2―1 三谷哲也
36 23 村川大介 2―0 安斎伸彰
37 24 金沢 真 2―1 富士田明彦
38 25 富士田明彦2―0 余 正麒
39 26 一力 遼 2―1 志田達哉
40 27 許 家元 2―0 平田智也
41 28 大西竜平 2―0 谷口 徹
42 29 芝野虎丸 2―0 孫  喆
43 30 広瀬優一 2―0 大西研也
44令元 孫  喆 2―0 小池芳弘
45 2 関航太郎 2―1 佐田篤史
46 3 外柳是聞 2―1 上野愛咲美
47 4 酒井佑規 2―0 大竹 優
48 5 上野愛咲美2―0 姚 智騰
※上から、丸数字が期、年、対局者。



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