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第4回碁界の礎百人―日本棋院創立と院社対抗戦【本因坊秀哉②】

 集合離散をくり返し、本因坊一門、方円社、裨聖会と三派に分裂していた碁界が激震に見舞われる。大正12年(1923)9月1日の関東大震災である。死者行方不明者14万人余の大惨事にあって派閥争いをするわけにはいかない。坊門の小岸壮二、方円社の岩佐銈と加藤信、裨聖会の瀬越憲作らがまとめ役になって、碁界合同=日本棋院創立へと行き着く。
 大正13年7月17日、創立発起人会が開かれ、日本棋院はこの日を創立記念日と定めている。総裁は政界の実力者牧野伸顕、副総裁は棋院を財政面からバックアップした大倉喜七郎が務めた。当時の高段者は次のとおり。

九段(名人) 本因坊秀哉
八段 中川亀三郎
六段 雁金準一、鈴木為次郎、高部道平、岩佐銈、瀬越憲作、加藤信
五段 小野田千代太郎、喜多文子、宮坂寀二ら

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