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夏さん、連覇【第18回朝日アマ名人戦全国大会】

 「アマチュアの夏」の口火を切る「第18回朝日アマチュア囲碁名人戦全国大会」(主催・朝日新聞社、日本棋院)が7月6、7の両日に日本棋院東京本院で開催された。まだ梅雨が明けていないというが、外は猛暑。49名の都道府県代表と招待選手8名の57名によって、会場の2階大ホールは外気に負けない熱い戦いが繰り広げられた。決勝は夏冰さん(招待)と柳田朋哉さん(招待)の対戦となり、夏さんが2年連続の優勝、大関稔アマ名人への挑戦権を獲得した。3位は山下寛さん(大阪)、4位は北芝礼さん(招待)。大関アマ名人と夏さんの挑戦手合三番勝負は27、28日に東京本院で打たれる。
(記・内藤由起子)

全国強豪が一堂に会し、熱戦を繰り広げた

 順位の決め方はトーナメント戦。2回戦からシード選手が登場したが、元アマ名人の栗田佳樹さん、平野翔大さん(前回3位)と星合真吾さん(前回4位)の3人が姿を消す波乱の幕開けとなった。
 1日目の3回戦を終え、ベスト8に残ったのは、夏さん、柳田さん、北芝さん(以上優勝経験者)、前回準優勝の森川舜弐さん(愛知)、世界アマ優勝2回の平岡聡さん(東京)、アマ本因坊戦ではベスト4入りの実績がある長谷泉さん(茨城)と金子賢さん(新潟)、学生十傑戦優勝など学生の大会で活躍した山下さん、実力実績ともに十二分のメンバーがそろった。


決勝戦

 決勝に残ったのは、昨年優勝の夏さんと一昨年優勝の柳田さん。
 ふたりは京都在住で、アマ本因坊戦の京都予選では毎年対戦している。しかし今年は柳田さんが多忙で出なかったため、対戦がないかと思っていたら、こんな大きな舞台での対戦になった。
 両対局者と、審判長・片岡聡九段の局後検討とともに、この一局をお届けしよう。

〈第18回朝日アマ名人戦全国大会・決勝〉
黒 夏冰(招待) 白 柳田朋哉(招待)
157手完、黒中押し勝ち

棋譜再生はこちら

〈第1譜〉1―57

 握って夏さんの先番。
 左上、白22のコスミは、「勘違いでした。厳しいと記憶していたのですが、場合が違った」と柳田さん。
 「黒35は堅すぎましたか。Aの二間でしたか?」と夏さんが首を傾げると「Bもあったよね」と片岡九段。
 柳田さんが「怪しげ」という白38から戦いが始まる。
 白44の筋のツケに、夏さんは黒45と筋で受け返したが、「黒Cとツグほうが味がよかった」と片岡九段。右上は、本局の大きなポイントになる。
 「白46のツケはうっかりした」と夏さん。

参考1図

1図

 実戦白46のツケに対して、黒1のハネ出しから突き抜くのは、黒のほうが薄く、かえって白aの分断を狙われてしまう。


〈第2譜〉58―100

 「黒▲(前譜黒57)にどう受けても悪そうなので」と、柳田さんは手を抜いて白58と味よく連絡した。
 夏さんは「58を見て、何かやらないといけないかと思いました。白A切りの現ナマが残っているので」と、黒59から忙しく立ち回り、右辺の白を攻め立てる。「黒71は調子かと思いましたが、73にハネるのでした」と夏さんの反省がある。
 さらに、黒83と打った瞬間、白Bツケからの分断が見えたという。
 柳田さんもBを狙って、白86のツケから準備する。夏さんは、後手でも黒93から97まで手をかけてつながらざるを得なかった。誤算だった。
 形勢はやや白に傾いた。


〈第3譜〉1―57 通算101―157

白42(35の上)白46(37の上)黒49(37)白50(35)

 白6から8のオサエを決めて、いよいよ10と切った。
 黒11、13と突き抜くが、白16は「全部黒を取るのを目指す」(柳田)の決意の一手だ。柳田さんは「読み切ったと思ったら、自分を信じてやっていく主義」で、教え子たちにもそう説いている。
 黒25に対して、どう眼を奪うか。「Aを26、どっちでもいいか」と思って白26と打ったのは、大失着だった。ワケは最後にわかる。
 白48とワタって、上辺の黒とその右側の白の攻め合いとなり、黒の一手勝ち。白、無念の投了となった。
 白26でAだったならば、攻め合いは逆に白の一手勝ちだったのだ。
 結末が見えた瞬間、柳田さんは「やった、やってしまった、いつものヤツ……僕らしい」と思ったという。

参考2図 実戦白28から30も熱く検討された。28は単に30とハネたかった。

2図 白9(4の上)

 白28ですぐ2図、白1とアテた図を見てみよう。

2図続き 白25(22)白27(20)

 2図続き、黒はオイオトシがあるので黒28まで利き、30で生きることができる。この一連の進行が始まる前に白a、黒bの交換があれば、ダメ詰まりでオイオトシにならない。実戦は白cから打ったので黒d、白aと進み、eの点に黒石をこさせてしまい(実戦黒31)、事情が違った(前図白11と放り込む手が打てない)。

夏さん(左)と柳田さんによる決勝戦。最後は攻め合いとなり、夏さんの勝ちに。右は片岡九段

優勝インタビュー

 2年連続優勝を果たした夏さん。トーナメントで2連覇はアマ名人戦史上初めてのすごいことだ。
 しかしその道のりは苦しかった。
 準決勝の山下さんとの碁は「いつ投げようか、ずっと思っていた」ところだったが大逆転で制した。
 夏「今年は悪い状況でも悪いなりにがまんできたのがよかった。運に恵まれました。中盤で形勢を損なうことが多く、そこを鍛えるのは大変ですが、修正していきたい」
 大関アマ名人との三番勝負は、今月末に打たれる。
 「去年は1局目を勝って、連敗してしまった。リベンジといきたいですね。むこうのほうが上だと常に思っていますので、自分らしく打てればと思います」

山下さん(右)と北芝さんによる3位決定戦。大迫力の競り合いが続いた
ベスト4で記念撮影。左から④山下①夏②柳田④北芝の各選手

ベスト8、注目選手

準優勝 柳田さん

柳田朋哉さん

 「県代表以上ならしないであろうポカをよくやります。改めようと思っても、どうしても直りません。今日も決勝戦でやってしまいました」と頭をかいた柳田さん。「3回戦、大学囲碁部の先輩・小野慎吾さん(山口)との一戦は、ほぼ負けの碁でしたが、ミラクルの勝利をつかむことができました。そのため開き直ることができ、2日目の対森川さん、対北芝さんは、内容のいい碁を打てました」と笑顔を見せた。今の目標は「アマ名人戦三番勝負に勝つこと」。来年以降に持ち越しとなった。

3位 山下さん

山下寛さん

 中学生名人や学生十傑1位などの実績がある山下さん。「学生でやりきった感があったので」大学を卒業したあとは7、8年碁から離れていたという。4年前くらいに、昔からの友人にしつこく勧められて、3年前から大会に出始めた。ちょうど休んでいた時期が重なり、AI定石も何も知らない状態だった。ちょっと勉強するとやれる感覚がある。週末に打ったり、海外の囲碁動画を見たり、イベントに出たり。「楽しむことが一番」と対局を重ねるうちに3位にまでなった。
 「準決勝(夏冰戦)はいい感じに打てていたので残念でした。3位は自己新記録で満足しています。コンディションよく打つ事ができました」。来年もまた、さらにパワーアップした姿を見せてくれることを期待したい。

4位 北芝さん

北芝礼さん

 北芝さんは、3年前の優勝者。順当にベスト4に進んだが、本人は不本意だっただろう。「優勝したかった。ところどころ実力がたりなかった。結果には納得しています」。

ベスト8 平岡さん

平岡聡さん

 平岡さんは世界アマ2回の優勝やアマ本因坊5回優勝で名誉アマ本因坊となるなど実績十分なのに、なぜかアマ名人戦は前身の十傑戦での優勝があるかぎりだ。
 「もともと夏が好きではなくて。アマ本は8月末の残暑に打つので、身体が慣れてきているのでしょうか」と平岡さん。「(厳しい東京の)予選を抜けるにひーこらいっていますので、来年出られるかは……。まあ、楽しく打てればいいなと思っています」。

ベスト8最年長 長谷さん

長谷泉さん

 2日目に残ったことを「不思議だなあ」という長谷さんは、ベスト8のなかで最年長の55歳。「読みの力は明らかに衰えているが、昔よりこだわらず“無責任”に打てるようになりました。好きなように打ってもそんなに悪くならないのだなあと。自分の子どもより年下の選手と打って勉強になります」。

ベスト8 金子さん

金子賢さん

 招待の平野さん、アマ本因坊や世界アマ日本代表の実績がある村上深さん(東京)に勝って、波乱の立役者となった金子さん。
 小学校6年生で碁を覚え、プロを目指したが年齢制限で断念。それから数年、介護職や飲食業を経て、現在は囲碁インストラクターを務めているという。「囲碁から離れていましたが、ふとやってみようかと思い、たまたま出た県大会で優勝して戻ってきました。優勝候補に勝つこともあり、上の人ともそれほど差がないと思っています。いずれは……」と、更なる目標を描いたようだ。

古豪・田中さん、復活

田中正人さん

 ここ数年お顔が見えないと心配していた田中正人さんが愛媛県代表として参加した。2度アマ本因坊になった大ベテランだ。
 「大会は5年ぶりです。脳梗塞で3年前に2ヶ月入院していまして。今回、全国大会に来られたことがよかった」と、懐かしい顔ぶれと再会を喜んでいた。

最年長80歳 水田さん

水田和正さん

 今大会の最年長は、長崎県代表の水田和正さん80歳だ。4年前にもアマ竜星戦で勝ち残って東京で決戦を打つなど全国区での活躍を続けている。
 前日、水田さんを応援する人や教え子の方々8人が集まり、東京で壮行会が開かれた。たまたま公務で上京していた古川隆三郎島原市長も参加。「水田さんは長崎県で燦然と輝く存在で、80歳にしてまだ現役で活躍しています。市民に元気を与えるありがたい存在です」とたたえた。1回戦で強豪の宮岸黎明さん(石川)に惜敗したものの、堂々と存在感を表した。


 閉会式で片岡九段は、「きわどい内容でいつにも増して激しい戦いの碁が多かった。人間の戦いらしい面白い碁が見られ、いい大会になりました」と締めくくった。

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